ヒッグス粒子の「発見」に見る科学の仕組み

ヒッグスの衝突実験(CMS)

ヒッグス粒子が”ほぼ”見つかった、というニュースが流れました。

実はヒッグスは、平成23年12月の時点で
99.7%間違いないレベルで見つかってはいました。

しかし物理の世界では、99.9999%間違いない確率で実験的に検証されないと
「見つかった」と言ってはいけない決まりになっているのです。

その99.9999%間違いないレベルで今回、見つかったというわけです。

ただ、その見つかった粒子が本当にヒッグス粒子なのか
────つまりヒッグス粒子が持っていると予想される性質を
ちゃんと持っているのかどうかについての検証がまだのため、
”ほぼ”見つかったと言うにとどまっている状況です。

今回は物理屋だった一人として、このヒッグス粒子の「発見」を通して
科学そのものの仕組みについて書いてみたいと思います。

ヒッグス粒子とは

ヒッグス粒子とは何か、
簡単に言えば物質に質量を与える粒子です。

私たちの空間(正確に言えば真空)には、
ヒッグス粒子がたくさん詰まっていると考えられています。

粒子がこの空間を動こうとすると、ヒッグス粒子がわらわらと絡み付いてきて
その粒子のスピードが落ちてしまいます。

質量が0の粒子ならば、光の速さで動くことができるはずですが
ヒッグス粒子との絡み合い(相互作用といいます)によって
その粒子のスピードが光の速さより落ちるのです。

つまり、質量が0ではなくなった=質量を持った、と考えることができます。

ヒッグス粒子の「発見」とは?

そのヒッグス粒子が発見された、とはどういうことか。

もちろん虫眼鏡や顕微鏡で見て「見えた!」といっているわけではありません。

現代の素粒子物理学では、粒子と粒子の衝突実験をします。
つまり、2つの粒子をぶつける実験です。

ヒッグスを発見した実験は、
LHC( Large Hadron Collider)と呼ばれる実験装置で行われている実験です。
LHCでは、陽子(水素原子)と陽子をぶつける実験が行われています。

粒子をぶつけると、アインシュタインの有名な式 E=mc2にしたがって
粒子が持っているエネルギーが、別の粒子を生み出すことがあります。

そのときに
・どんな粒子を生み出すか
・生み出された粒子がどの方向に飛んでいくか
などは、素粒子物理学の理論から計算することができます。

この計算結果は
ヒッグス粒子が存在する場合と、存在しない場合とで異なります。

そこで実際に、2つの粒子をぶつける実験をしてみて、
ヒッグス粒子が存在する場合の結果に近いか、それとも存在しない場合の結果に近いか
ということを比べているわけです。

そして、今回発表された結果は
99.9999%の確率で、ヒッグス粒子が存在すると考えた方が「妥当である」
という実験結果が出た、ということなわけです。

科学における「発見」「証明」とは何か

以上の論理は、科学(特に現代物理学)における
「発見」や「証明」の仕組みを端的にあらわしています。

つまり、まず最初に仮定(ヒッグスが存在するか、しないか)があり、
その仮定をもとに理論を組み立て、計算(実験結果の予言)を行います。

そして実験の結果が、どちらの仮定を正当化するかを見ることで
仮定が正しい、正しくない、ということを言っているわけです。

※実際には仮定はそんな単純な二者択一的なものではないことが多いのですが
 ここでは簡単のため、分かりやすい仮定にしました。

「科学的真理」と言われるものは、たいていこういうものです。

実験が教えてくれるのは、その仮定が「今のところ正しいと言っていいだろう」というところまでで
その仮定が「真実かどうか」までは教えてくれないのです。

科学の歴史は
過去の理論の間違いを示してきた歴史であることからも
それは明らかな事実です。

科学者が「信じている」こと

素粒子物理学者の多くは、
われわれが知覚できる4次元(空間3次元+時間1次元)のほかに
もっと高い次元が存在することを”信じて”います。

リサ・ランドールの書いた『ワープする宇宙』という本では、
5次元の存在を数式を使わずに一般受けするように書いています。

読みやすさと物珍しさがあってか、
この本はアメリカでベストセラーとなり日本でも大ヒットを飛ばしました。

しかし、物理学者からすれば
5次元の存在は何十年も前から信じられていたことで、
そんなに目新しい内容というわけでもありません。

それを非専門家である一般の人にもわかるように描いたところに
彼女の本のすばらしさがあるのでしょう。

なぜ、5次元などという目に見えない世界を物理学者は信じるのか。
(もっといえば5次元よりさらに次元の高い
 11次元時空を信じている人もたくさんいます)

それは先ほどの「発見」「証明」と同じ理屈で
5次元が(あるいは11次元が)あると仮定したほうが
「世の中をうまく説明できるから」にほかなりません。

逆に言えば
5次元がなければうまく説明できない現象があるからであり、
5次元を否定する確固たる推論はないからです。

この場合
「5次元なんて、誰も見たことのある人はいないじゃないか」
という反論は当てはまりません。

自分が「知らない」「分からない」ことが
「存在しない」ことの根拠にはならないからです。

それはあなたが知らなかっただけでしょう?
と言われてしまえばそれまでだからです。

科学とSF・妄想の違いとは

こう聞くと、現代科学とSFや妄想との違いが分からなくなるかもしれません。

実際のところ、科学とSFや妄想とを区別する明確な基準はないと言ってもいいでしょう。
どちらも、目に見えない世界であり、想像を絶する世界ですから。

ただ一つ言えることは
現実をうまく説明できない議論は間違っている
ということです。

SFや妄想は現実にはそぐわないものですが
科学は(今までのところ)現実をうまく説明できている。

(・・・正確に言えば、現実をうまく説明できるものだけが
 「科学」として認められ生き残っているわけですが)

その点が、科学とSFの違いと言えるでしょう。

科学でいう「発見」「証明」あるいは「分かる」とはどういうことなのか。
これを機会に理解を深めてもらえれば幸いです。

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ヒッグス粒子の「発見」に見る科学の仕組み への2件のコメント

  1. 森山嘉道 より:

    質問です:ピンセットあるいは箸で豆を一つずつつまみます。むかし一般読者向けの本を読んだ時のことです。電子を壁にぶつけます。その壁には穴があいています。「一個ずつ壁にぶつけていくと、壁の後ろのスクリーンに電子が衝突した点ができます。電子は粒子です。これをずっと続けていくと、スクリーンに波が表れるという実験です。つまり電子は粒子でもあり波でもあるというお話です。そのとき疑問に思ったのは、「電子は小さすぎて、豆のように一個ずつはつまめない」となにかで読んだ記憶があります。「電子を一個ずつ・・・」というのは、確率的なことですか? これが質問です。☆さて同様に陽子です。陽子を光速に近い速さでぶつけあうということは、一個ずつぶつけることなのか、それともこれも確率的なことで、つまり「これだけ○○○を放出すると、電子が何個は含まれているから云々」という確率的なことなのでしょうか。

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